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ミラレーパは詩人でもあり、多くの歌を残している。 それは、今でも、チベットの遊牧民や農民に愛唱されている。 ここでは、この聖者の人生や残した詩や歌などを、少しづつ紹介していけたらと思う。
ミラレーパがいた時代に関するチベットの歴史は別項を参照してもらいたい。
[a]
カギュ派の流れ
ミラレーパの流れであるカギュ派について、少し書いておきたい。
カギュ派の霊的始祖とも呼ばれているのは、ベンガル人のティローパである。ただ、彼はチベット国境を越えたことはなかった。
ティローパと、その弟子ナーロータ、そして、ミラレーパの師匠であるマルパの繋がりは、以下のようになっている。
ティローパは、自分の教えをカシュミール人の学者、ナーロータに伝授した。ナーロータのチベット人の弟子であるラマ・マルパが、これをチベットに持ち込んだ。このマルパの高弟で、有名な隠者にして詩人のミラレパは、弟子のタクポハジェにこれを伝授、これが、今もカギュ派の名の下に伝授され続けている。[2,
p185]
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ミラレーパは温厚な人であったが、彼の師匠、マルパは違っていた。 その又師匠であるナーロータは優しい師匠で、その又師匠であるティローパは、激しい気性を持っていたようだった。
ティローパ、ナーロータ、マルパ、ミラレーパに関しては、次のような記述がある。
ティローパは、タントラ派に所属し、「何ものも好まず、何ものも嫌わず、何ものも恥じず、何ものも崇拝せず、あらゆるものから離脱し、あらゆる家族、社会、宗教の絆を断っている」といわれるアヴァドゥタの一人。 アヴァドゥタとは、善悪の区別がもはや存在しない悟りの境地に至ったことを信じ、世界から完全に自分を断ち切った行者のこと。 一方、ナーローパは知的に洗練された人で、バラモンの家柄を誇る有能な学者であった。[2,
p187]
ナーローパは、後に沢山の弟子を擁するようになり、伝承によれば、自分が昔体験したような苦しい試練に弟子を遭わせない、もっとも優しい師匠になったという。 ナーローパが温厚な霊的教父とすれば、マルパはまったく違っていた。彼は、人からの手助けなしに家を建てるよう命じておきながら、いざ完成に近づくと、即刻それを取りこわすよう何度も命令し、こうして何年にもわたりミラレパを苦しめた。 ミラレパの建てた家は、南チベットのロブラグに今も存在する。(※)[2,
p193]
※ 引用者注:20世紀前半におけるレポートである。 現在は恐らく、中共による破壊で残っていないだろう。
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彼らの間には、冗談とも思えるような出来事が次々に起こっていたようだった。
ミラレーパと能力
彼らに関する伝記には、いわゆる”オカルト”とも称される不思議な出来事も伝わっている。次のような記録もある。
ミラレパの伝記には、彼に黒魔術を伝授したラマの家に、馬よりも足の速いトラパが住んでいたとある。ミラレパ自身、同様な力を誇り、前にはひと月かかった距離を、たった3日で旅した、と書いてある。彼によれば、「内部の気」の制御によって、これが可能になる。[2,
p214]
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だが、気をつけなくてはいけないのは、チベット人が奇跡を信じないということだ。 チベット人は、我々が脅威とみなす超常現象は、例外的条件の下で自然のエネルギーが作用したものか、そのエネルギーを操る術を心得ている者の手によるものか、さもなければ、その能力のある人が知らずに行っているにすぎない、と考えている。
ミラレーパの残した歌
ミラレーパは、”死”というものが出発点にもなると説いた。[5, p282]
城や人であふれた街は
今おまえが住みたいところ
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だが、この世を去ったあと
それらは廃墟と化す |
自尊心や虚栄は
今おまえがすがりたいもの
だが、死のときには
隠れ処にも逃げ場にもならぬ |
親族や同族は
今おまえが一緒に暮らしたいもの
だが、この世を去るときには
みな後に残さなければならぬ |
召し使いや富や子供は
今おまえが持っていたいもの
だが、死のときには
から手で行かねばならぬ |
元気と健康は
今おまえが持っているもの
だが、死のときには
おまえの死体は包みにされて運ばれる |
内臓と血肉は
今きちんと働いているもの
だが、死のときには
おまえの自由にならぬ |
甘くて美味しいものは
今おまえが食べたいもの
だが、死のときには
おまえの口はよだれを流す |
これらのことを思うとき
わたしはブッダの教えを求めずにはいられない
この世の楽しみや快楽は
わたしには何の魅力もない(第15章) |
死の観察は修行者の教師
そこから人は徳を修めることを学ぶ
死ぬときに喜びはないことを
つねに思い、忘れぬように(第23章) |
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〜 〜 〜
次は、ミラレーパが洞窟で隠者として修行中、起こった出来事である。
ある日、彼のいる洞窟に、傷ついた鹿と狩人の猟犬が飛び込んできた。 彼はその両者を左右に取り押さえたが、続いて入って来た傲慢で無慈悲な狩人キラワ・コンポ・ドルジェは、それを見て怒り狂った。 そして、彼に矢を放つが外れる。 そこで、聖者ミラレーパは彼に向かって歌を聞かせ、改心させます。 その後、家族と話し、この決心が崩れることがないよう歌ったのが、次の歌だといいます。[1,
p257-258]
いざすすめ、狩人よ
たとえ雷鳴が轟いても
その音は空(くう) |
色とりどりの虹も
たちどころに色褪せる |
この世の快楽は夢のごときものなのに
一時の享楽に酔い、罪をつくる
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恒常にみえるものも
たちまちのうちに崩れ、四散する |
昨日、この手が満たされても
今日はすべて失われ、何一つ残らない |
去年生きていた者も、今年には死に
ご馳走も毒と化す |
己れの罪によって傷つくのは己れ自身
人(ひと)百人いても、一番大切なのは自分自身
十本指があっても、その一本でも傷つくと、痛い痛いと大騒ぎ
なによりも大切なのはこの自分−−−。 |
ならば、この「自分」を救う時は今
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人生は瞬く間に、すぎさっていく
すぐに「死」がおまえの扉をたたくであろう
だから信仰の道に入るのを先へ先へと延ばすのは愚か者のすること |
いとしき者たちよ
お前たちは、人を悲しみに突き落とすこと意外なにもやっていない
これからは幸せを求めて精進せよ |
今、大切なのはそれを求めること
「導師(ラマ)」にたよるべきは今、
「仏法(ダルマ)」を修めるときは今 |
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チベットにおける、仏法(ダルマ)に帰依する心が伝わってくるかのようです。
このような美しい歌を聴き、チベットの人は育っているのでしょう。 が、チベットに対する一般におけるイメージと違い、崇高な目的の為に一生を費やすのはその一握りのみのようです。 更に、今では、中共の弾圧により、自由な生活を阻まれているようです。
〜 〜 〜
ある日、ミラレパはとある寺を訪れた。[4, p724]
その寺の僧たちはミラレパに激しく敵意を懐いていて、彼を虚無的な異教徒と責めたてていた。
そこにおいてミラレパは次のように言ったという。
「わたしは大いに学んだかもしれぬ、だが今はそれらをすっかり忘れてしまった。そうしてしまったことは全く正しいと思う。」
これ対し、とある僧が次のように言った。
「覚(さとり)に達する前には、多くの障害や脱線や疑惑に出会うことでありましょう。ですから〔一般的な〕仏道の教えを忘れることは勧められません。」
それに答え、ミラレパは歌った。[4, p728]
一切の混乱は心の創り出したものであることを理解し
無自性(実体の無いこと)について確信した者は
努力することを止め
偏在する真理を喜んで楽しむ
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究極の実相を悟り
もはや諸法(諸々の存在)を識別せぬ者は
喜びの内に
無知の覆されるを体験する
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不滅の真理を悟る時
心にはもはや希望も恐れも生じぬ
その時かれは喜びの内に
混乱の去るのを体験する
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人は無知から輪廻をさまよう
だが成就したグルの精髄の行法によって
執着や欲望から解放される
これが僧団(サンガ)の無上の栄光
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哲学は心により作られ
思弁の言葉は意味をなさぬ
なぜならそれらは欲情を征するのに
役立たぬから
僧や学者たちよ
自惚を抑えるよう
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覚醒において覚知と混乱の精髄が
同じであることをかれは知る
ああ法(ダルマ)の従者たちよ
輪廻(サムサーラ)を棄て去らず
くつろぎ、無為に
その心を休ませよ
その時広大な空と
己は一つとなろう
これがすべてのブッダたちの教え |
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〜 〜 〜
ミラレパは、次のように言った。[4, p731]
「道の始めにわたしはこのように生きるよう厳格な誓いを立てた。そしてそのように今の今まで生きてきたし、これからもそのように生きてゆく。このように生きることで多くの有情を利益することができ、また法(ダルマ)によく仕えられると確信しているぞ。 おまえたち弟子もこのような誓を立てるがよい」
そこでかれは歌った。[4, p731]
輪廻(サムサーラ)への恐れとグルの恵みのために
聖なる法(ダルマ)の無上の味を楽しむまでは
外界の物事を追求せぬとわたしは誓った |
グルの命令を成し遂げるまでは
自分のために食べ物を求めぬとわたしは誓った |
完全に方便の道を習熟するまでは
タントラの行を誇示せぬとわたしは誓った |
ナーローパの戒めに逆らっては
カーギュ派の教理を押し広めぬとわたしは誓った |
自分の利益のために法(ダルマ)を修めぬとわたしは誓った
これがわたしがはじめて菩提心を発(おこ)した時に立てた誓 |
〔不自然な方法で〕マルパの教えを広めようとはしないとわたしは誓った
なぜなら、チベット中に教えを広めるのに
彼の方は密に行われるだろうから |
わがグルを喜ばすには直ちに、修行し瞑想すること
これ以外に、彼の方を喜ばす術をわたしは知らぬ |
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〜 〜 〜
ミラレーパは、他のブッダと同じく、”心の観賞の重要性”を説いた。[5, p286]
ブッダは探して見つかるはずがない
だから、自分自身の心を見つめなさい(第9章) |
自分自身の心のなかで
心の本来の状態をじっくり見すえると
幻のようなその考え自体が
法界(ダルマダートゥ)へと解け
苦しめるものも、苦しむものもなくなる
骨の折れる経典の勉強も
これ以上のものは教えない(第2章) |
マハームドラーを行ずるとき
わたしは気を散らすことも労することもなく
あるがままの状態にくつろぐ
空(くう)の境地では
明知にくつろぎ
至福の境地では
自覚にくつろぎ
無想の境地では
裸の心にくつろぎ
現象の現れと活動においては
三昧(サマーディ)にくつろぐ
このようにして心の精髄に瞑想すると
おびただしい理解と確信が湧いてくる
自ずから目覚めるによって
一切は労せずして成就される
もはや悟りを求めることなく
わたしはとても幸せ
望みからも恐れからも自由で
わたしはとても楽しい
ああ、迷いが知恵として現れるとき
それを楽しむのは何と愉快なことか(第34章) |
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ミラレーパの人物紹介
以下は、ミラレーパの人物紹介である。
ミラ・レーパ 1040-1123
チベットのタントラ仏教行者。道歌集《十万歌(グルブム)》の作者。実名シェーペー・ドルジェ。はじめ叔父と争い,呪殺の法などを学んで復讐したが,改悛して大タントラ行者マルパの弟子となり,秘伝を受け,のちに故郷クンタンの山に禅定して弟子を育てた。その実践的な教えは弟子ガンポパを通じてカギュー派と呼ばれる一宗に伝えられた。民間では,詩聖または理想的行者として古くから尊崇されている。[3]
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これから、少しづつ詩や歌を増やしていきたい。
平成15年9月14日 21時46分 記
平成15年9月20日 18時20分
記
■リンク■
a チベットの歴史 前編
■参考■
1 チベットの娘
− 貴族婦人の生涯 (リンチェン・ドルマ・タリン 著) 中央公論新社
2 チベット魔法の書 (アレクサンドラ・デビットニール 著) 徳間書店
3 世界大百科事典 (平凡社)
4 ミラレパの十万歌 (おおえ まさのり 訳)めるくまーく社
5 ミラレパの足跡
− チベットの聖なる谷へ (伊藤 健司 著) 地湧社
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